アヒルの集まり

人を変える事に力を注ぐことほど無駄なことはないという話

個人的には「なんだかなぁ」と思うのですが、身の回りの人を変えることに躍起になっている人がいますよね。
それは会社の関係だったり、町内会だったり、ママ友関係だったり。

属しているグループの「人間関係を良くしよう」だとか「自分の考える理想に近づけよう」としているのだろうけど、それを理由に他人を変えることがどれだけハードルが高い事か分かってない。

 

自分が気に入らない人の行動を変えようと頑張っている人を見ているとわかるだろうけど、「余程立ち回りが上手い人」か「人を変えられるほどの力を持った圧倒的な何者か」でもなければ大体上手くいっていません。

大概は変えようとして働きかけた相手に反感を買われて終わります。

 

そうなるとその集団はギスギスして何とも居心地の悪い集まりになります。
ただの友人程度なら集まることを止めてしまえばそれでいいかもしれませんが、仕事関係のような場合はそうはいきません。どれだけ嫌でも「辞める」という選択肢を取る以外はほぼ顔を合わせ続けることとなるのです。

 

こんにちは、管理人のくたです。
今回は「人を変える」ことについて。半分は自戒です。

 

相手より立場が上であっても相手を変えることは容易ではない

上司と部下

例えば会社組織。

社長という組織のトップが一番下の新人に何かを言ったとして、その新人にどれだけ伝わるか。
相手との立場がどれだけ違ったとしても、ただ一方的に言うだけで物事が伝わることはありません。

もちろん立場が上の者からの意見ですから反論はしてこないかもしれません。
下の人からすれば下手に反論すれば後が面倒ですからね。

でも、どれだけ言われたことが正論だったとしても納得のいかない内容であれば鬱陶しいだけです。
というよりそれが「正論」であればある程反感を買う可能性が高いと言えます。

「そんなこと言われなくても分かってるよ!」と。

 

口に出さないだけで決して良くは思われていません。
度々そのようなことがあれば、よく思われないどころか憎悪すら抱かれているかもしれません。
そのような状況が続けば、何か致命的な場面で裏切りに合う可能性すら否定できませんね。

 

逆に下の立場から上の人に物申すとしたら

では逆の場合はどうだろう。

上から下ですら大変だったのだから、下から上は考えるまでもなく。
下手に意見を言おうものなら「反逆」と捉えられかねません。

余程上手く言わない限り下からの意見なんてどうでもいいと思われています。
でなければ、これほど「yesマン」なんていう人が世に存在するわけがありません。

生意気な奴ほど可愛げがあるなんて嘘です。
表面上、そう取り繕っているだけで内心は「いつ報復するか」と考えられているかもしれません。

 

人を変えるどころか、自分を変えることすら難しい。

話は変わりますが、何か自分を高めるための行動をしているでしょうか。

何でもいいです。

 

自己啓発本を読むでも、世間的に評価の高い人の講演を聞くでも何でも。
○○の名言なんていう物を見るとかもあるかもしれませんね。

 

そのような行動をとったことをある方ならわかるかもしれませんが、なんとなく「自分が変わった」ような気がするんですよね。直後はとても晴れやかな気分にさえなっています。

実際にはまだ何も「変わっていない」のに。

 

自己啓発系の本を読んだり講演を聞いたりというのはいわゆる「きっかけ」です。
実際に重要なのはその後の行動。

 

その行動が無ければその後に繰り返される普通の日々、「日常」に晴れやかな気分はすぐにでもかき消されてしまいます。何もかも元通りです。

 

この辺、身に覚えがある人はどれだけいることでしょう。
私もその一人です。今は少しでも変えようと足掻いていますが。

だからこそ、分かるんですよね。
自分を変えることがどれだけ難しいか。

 

そして自分を変えることがこれだけ難しいのだから、他人を変えることはなおさら。
簡単に他人を変えようとするなんて無謀もいいところです。

 

 

人が変わるとしたら

人が何かを変えるとしたら、まず前提として本人が変えたいと感じることではないでしょうか。
例えばこんな感じで。

 

  • 普段から自分自身の不甲斐なさを実感している
  • 好意を抱いている人に良く思われたい
  • 敬意を抱いている人に近づきたい
  • 常に自分自身を磨きたいと感じている
  • (収入などで)目標となるものがある

 

こんな感じでしょうか。
あくまで例なので上記に当てはまる必要はありません。

抽象的か具体的かは別として、何かしら理由があり「変化」を欲している人でなければ他人の意見で行動を変えることは考えられません。変化を求めてないのですから。

そしておそらく「変わる人」というのは放っておいても変化していきます。
「成長」という変化を。

 

 

他人をどうこうしている暇があったら

結局のところ、他人をどうこうしている暇があったら、自分のために時間を使うべきなんでしょう。

と書いてて気が付きましたが、「他人を変えるよりも自分を変えよう」という啓発本やどこかのブログが割とあったことを思い出しました。

結局のところ、この話題はそこに落ち着くのかもしれません。